Vol.3

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令和4年3月18日
東京女子医科大学附属足立医療センター

 

脳動脈瘤の発生メカニズムに迫る遺伝要因の解明に成功!
関連家系に次世代シーケンシング・機能分析で新たな感受性遺伝子を同定

 公表ポイント

○ 脳卒中の中で、くも膜下出血は依然として死亡率の高い危険な疾患です。
  その主な原因である脳動
脈瘤の成因には遺伝的な関与も認識されていますが、
  解明には至っていません。

○ この度、日本人家族性脳動脈瘤の某家系に対して
  次世代シーケンシング(Next-Generation 
Sequencing, NGS)や
  機能解析を行い、脳動脈瘤の新たな感受性遺伝子 
NPNTCBY2 を同定しました。

○ 結果として、家族性脳動脈瘤は同一家系であっても複数の遺伝要因で発症し、
  その遺伝背景は多彩
で家系によっても異なることがわかりました。

○ 本件の研究成果は脳動脈瘤に対する新たな治療法や予防法の開発につながることが期待されます。

 

【研究の概要】

 近年の厚生労働省発表資料等によれば、脳卒中は年間死亡者数の上位第 4 位以内に位置していると 言われています。この中でも特に死亡率が高いのがくも膜下出血です。くも膜下出血のおよそ 8 割は 脳動脈瘤の破裂に起因し、出血により半数以上の患者が死亡あるいは重篤な後遺症を残す結果となり ます。さらにくも膜下出血の発生頻度には明確な国別地域間格差が存在し、世界的にも日本人は最も発症頻度が高いと報告されています(人口 10 万人当たり 20 人/年:脳卒中治療ガイドライン調べ)。 脳動脈瘤の成因には、高血圧症や喫煙などの環境因子が関連していることはよく知られていますが、 しばしば家族集積性を示すことがあり、遺伝要因の関与も認識されています。このように環境要因と 遺伝要因が相互作用して発症に至るものが多因子疾患とされますが、要因となる遺伝子(感受性遺伝子)が特定できれば疾患の分子生物学的な成因が解明でき、新たな治療法や予防法の開発に結びつくと期待されます。

 このような多因子疾患においてはゲノムワイド関連解析(Genome wide association study, GWAS)が標準的な遺伝解析手法であり、我々のチームも脳動脈瘤における世界初の他施設国際共同 による GWAS に参画し、いくつかの感受性遺伝子を報告しています(Nat Genet.40:1472 –7,2008; Nat Genet.42:420 –5,2010; PNAS.108:19707-12,2011)。特に複数の日本人集団での解析で再現 性があるものに ANRIL (9p21.3)や EDNRA (4q31.23)遺伝子座があります。いずれも脳動脈瘤の成因に動脈硬化の機序が関連することを示しておりました。

 しかしながら一方で、GWAS で特定される感受性遺伝子座単独での効果サイズは小さいこと(脳動脈瘤ではオッズ比にして 1.2〜1.3 程度)、GWAS のような頻度の高い多型の解析では捉えられない 遺伝要因(いわゆる missing heritability)が存在することが問題点として認識されるようになりました。そのため、最近では次世代シーケンサーを駆使して集団での頻度が低く効果サイズの高いレア・ バリアントの解析も行われるようになってきています。欧米の研究班からは、もやもや病の感受性遺 伝子として知られる RNF213 遺伝子や循環血管新生誘導因子をコードする ANGPTL6 遺伝子のレア・ バリアントとの関連が報告され始めています(Am J Hum Genet.99:1072-85,2016; 102:133- 41,2018)。

 我々はこれまで家族性脳動脈瘤の家系を収集してきましたが、このうち 3 世代にわたって 7 人の患 者を生じた大家系に注目しました(図 1)。本研究では、まず網羅的に次世代シーケンシング(Next- Generation Sequencing, NGS)を行い、検出された候補遺伝子をリシーケンシングで詳細に解析し、脳動脈瘤の病態解明のための新たな感受性遺伝子の発見を目指しました。

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【研究の内容】

 本家系(F2054)から罹患者 4 人・非罹患者 3 人に NGS を行いました。有害な変異が罹患者で共有される候補遺伝子が 7 個検出されましたが、そのうち特に変異の有害度の指標が最も高かった NPNT (Nephronectin)と CBY2 (Chibby family member 2)に着目しました(表 1)。

NPNT は細胞外マトリクスの蛋白質ネフロネクチンをコードし、インテグリンα8/β1 の機能的なリガ ンドで腎臓の発達に欠かせないほか、いくつかのインテグリンを結びつけて細胞接着などに関与すると されています。NPNT の異常は血管内皮機能に影響し、正常な血管新生が阻害されることが報告されてお り(Scientific Report 2016 Oct 26;6:36210)、本研究でははまず機能解析を行いました。

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 今回検出された NPNT のスプライスドナー部位の変異 c.1515+1G>A を minigene assay で詳細に解 析したところ、この変異は異常なスプライシングを引き起こして第 10 エクソン全体を skipping させることが確認されました(図2)。第 10 エクソン欠失では図2 のクロマトグラムのように下流で早期に終 止コドンとなり、ハプロ不全を来すことが確認され、明らかな機能喪失型変異であることがわかりました。

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 一方、CBY2 は cDNA ライブラリーを確認すると主に精巣に分布しているとされていますが、脳でも 少し見られることが記されています。しかしこれまでに脳動脈瘤や血管疾患との関わりが報告されておらず、病態との関連が不明なため、より詳細に解析を行いました。免疫組織学的検討では脳血管平滑筋に発現しており、CBY2 の isoform 2 に特異的でした(図 3)。CBY2 で検出されたミスセンス変異 p.Pro83Thr について生細胞イメージングによる機能解析を行ったところ、赤色蛍光タンパク発現では変異により細胞質内での異常凝集が引き起こされました(図4)。さらに CBY2 の変異は他の動脈瘤家系や孤発症例からも検出されていたため、追加脳動脈瘤患者 500 例、対照 323 例を用いて CBY2 全域のリシ ーケンシングを行いました。そこで 3 つの有害なレア・バリアント(p.Arg46His、p.Pro83Thr、 p.Leu183Arg)が確認され、対照(0/323)と比較して脳動脈瘤患者群(8/501)で有意に多く検出されまし た(P=0.026)(表2)。

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結論として NPNT と CBY2 の変異が、それぞれ脳血管内皮および平滑筋細胞の機能障害を惹起して脳 動脈瘤の発生に寄与すると考えられ、NPNT と CBY2 は脳動脈瘤の新しい感受性遺伝子であることが示 唆されました。このことから家族性脳動脈瘤は同一家系であっても複数の遺伝要因で発症し、その遺伝背景は多彩で家系によっても異なることが明らかになりました。本研究のように脳動脈瘤発生率が高い 家系を中心に精緻な分析を行い、脳動脈瘤の高度な遺伝的異質性や多因子要因を明らかにし、今後脳動脈瘤に対する新たな治療法や予防法が開発されることが期待されます。

 

【お問い合わせ先】
<研究に関すること>

前川達哉(マエガワ タツヤ) 
東京女子医科大学附属足立医療センター 脳神経外科 助教
〒123-8558 東京都足立区江北 4-33-1
Tel:03-3857-0111 Fax :03-6807-1956

E-mail:maegawa.tatsuya@twmu.ac.jp
(2022 年 4 月 1 日以降 tmaegawa430@hotmail.com)

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<報道取材に関すること>
東京女子医科大学 広報室
〒162-8666 東京都新宿区河田町8-1
Tel:03-3353-8111 Fax:03-3353-6793
E-mail: kouhou.bm@twmu.ac.jp

 

【プレスリリース情報】

1.掲載誌名:「PLOS ONE」

2.論文タイトル:Whole-exome sequencing in a Japanese multiplex family identifies new susceptibility genes for intracranial aneurysms

3.著者名;所属:
前川達哉;足立医療センター 脳神経外科 助教、総合医科学研究所 兼務
赤川浩之;総合医科学研究所 准教授、足立医療センター 脳神経外科 准教授(兼任)
恩田英明;甲府脳神経外科病院 脳神経外科 部⻑、足立医療センター 脳神経外科 非常勤講師
糟谷英俊;足立医療センター 脳神経外科 教授

4.論文のオンライン掲載日 2022 年 3 月 17 日(現地時間)

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